徳川慶喜とくがわよしのぶ

第13代将軍の“次”を期待された慶喜。いわゆる将軍継嗣問題ってやつです。島津斉彬や徳川春嶽などが慶喜擁立を強く主張しました。「慶喜は頭がキレる秀才だ」と。当時は情報社会じゃないので、斉彬や春嶽が慶喜のことをどこまで知ってたのかは甚だギモン。要は政治の主導権争いに利用されただけなのです。

最後の将軍というイヤな役回りをさせられますが、明治になってからは自由気ままに生きます。特にカメラにはかなりハマったようで、本気でカメラマンを目指していたとも??