近藤勇こんどういさみ

農家の息子であることをコンプレックスに思い、ただただ「武士になりたい」と思い続け、その思いを遂げた人生でした。別に新選組のような集団を作りたかったわけではありません。武士になるために選んだ手段だっただけです。なので、盟友・土方歳三と、最後の最後で路線対立します。時は慶応4年4月、場所は流山。「幕府は必ず勝つ」と信じる土方に対し、近藤は「もうこのあたりでいいだろう」とあきらめの境地です。この時点で近藤は既に「武士になる」という目標を達成してしまっているのです。土方とはそもそも噛み合うわけがないのです。最期は板橋で斬首され、その後首が京都まで運ばれ、三条大橋で晒し首にされたそうです。むごい!!新選組は市民からめちゃくちゃ嫌われてたのです。