【関西の力】ハイテク素材(5)肌着が情報端末に 繊維メーカーが挑んだ「本人も分からない体調の異変検出法」

 「心拍数が急激に上昇している」「作業中に冷静さを欠いていた」。平成27年8月、那覇空港。荷物の積み降ろしや航空機の誘導などを終え現場から引き揚げた日本航空の作業員らは、上司からの指摘に驚いた。「そんな自覚はなかった」からだった。

立体の造形物を簡単に作製できる3Dプリンター。材料の樹脂にユニチカのポリ乳酸が使われている=京都府宇治市のユニチカ中央研究所 立体の造形物を簡単に作製できる3Dプリンター。材料の樹脂にユニチカのポリ乳酸が使われている=京都府宇治市のユニチカ中央研究所

約0・3ミリ、極薄フィルム状樹脂に施した東洋紡の技術

 作業員らの状態を上司に伝えたのは、東レが開発した肌着。脈拍などの生体情報を検知し送信する装着型(ウエアラブル)端末の一種で、日航の協力を得て熱中症対策に役立つかどうかを確かめる実験を行っていた。

 東レ機能製品事業部の武田一光部長は「本人が気付く前に体調の異変を素早く検出する。事故防止に最適だ」と説明する。

 肌着の繊維「ナノファイバー」は、髪の毛の7500分の1の細さで、特殊な樹脂で包むと電気を通す。NTTグループの通信機器を活用してウエアラブル端末にし、今年9月には医療機器として登録した。

 電機メーカーやIT企業が開発を進めるウエアラブル端末は時計型や眼鏡型が中心。「衣服型」は繊維メーカーならではの発想だ。

 東洋紡は、薄さ約0・3ミリのフィルム状樹脂に電極と配線を一体化させる技術を開発。ベンチャーのアニコール(横浜市)と共同で、競走馬用のウエアラブル端末に仕上げた。

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東レの肌着型ウエアラブル端末。スマートフォンに生体情報を送信できる 東レの肌着型ウエアラブル端末。スマートフォンに生体情報を送信できる

 しなやかで体に密着するため馬がストレスを感じることがなく、激しい動きでも端末が体から浮いたりしない。すでに全国の厩舎(きゅうしゃ)で約100セットが使われており、アニコールの担当者は「調教の効果や疲労度など競走馬のコンディションをリアルタイムで把握できる。調教師の評価は高い」と自信を深めている。

ユニチカが着目した3Dプリンターの活用法

 製造業に革命をもたらすともされる「3Dプリンター」の活用を後押しするのは、ユニチカだ。

 3Dプリンターは、溶かした樹脂などの材料を噴出して立体物を成形する。ただ一般的な材料であるABS樹脂は、230~260度に熱する必要があり、冷やして固める際に変形しやすいのが難点だ。

 そこでユニチカは30年ほど前から手掛ける「ポリ乳酸」に着目した。トウモロコシ由来で微生物によって分解される環境に優しいプラスチックとして知られるが、お茶パックやゴミ袋などへの採用にとどまっていた。熱に弱いためだ。

 180~230度に熱すれば3Dプリンターの材料に使える、として26年に発売。ABS樹脂の倍ほどの価格だが、造形物を変形させずに仕上げられると評判を集めた。ユニチカ繊維資材生産開発部の香出健司部長は「未来に目を向けたことで、ポリ乳酸に新しい価値を見いだすことができた」と強調する。

競走馬の胴体に巻き付けて使う東洋紡のウエアラブル端末 競走馬の胴体に巻き付けて使う東洋紡のウエアラブル端末

低迷に直面した繊維業界が挑む「強さの追究」

 明治15(1882)年に渋沢栄一らが設立した大阪紡績(現東洋紡)に始まり、尼崎紡績(現ユニチカ)、東洋レーヨン(現東レ)など関西に集積した繊維メーカーは、日本の工業化と高度成長を牽引(けんいん)した。

 その後、新興国の追い上げを受けて「構造不況業種」とされるほどの低迷を経て「繊維の原点に立ち戻って強みを見つめ直した。強みを突き詰め独自の価値を生み出すことに成功している」と松井隆幸・富山大教授(日本産業論)は指摘する。航空機からIT、釣り糸まで幅広い分野の技術革新を支えるのは、強くしなやかな繊維の力だ。

=この項、おわり

(平成28年12月17日夕刊1面掲載 年齢や肩書き、呼称は当時)

 伝統、文化、医学、農業、エンターテインメント、スポーツ…。関西には世界に誇れる魅力あるコンテンツがあふれている。現状の停滞を打破し、突破できる「力」とは何か。この連載では、さまざまなジャンル、切り口で「関西の力」を探る。

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