【通崎好みつれづれ】平岡養一と高校野球

「高校野球発祥の地記念公園」にある第1回大会始球式のレリーフ=大阪府豊中市 「高校野球発祥の地記念公園」にある第1回大会始球式のレリーフ=大阪府豊中市

 先日「100回つなぐ始球式リレー」出発式の話題が報道された。今夏第100回を迎える全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)の記念行事で、阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)での全国大会始球式に向けて各地にボールをつなぐ試みだ。これに関連した、あるエピソードを紹介したい。

 出発式は「高校野球発祥の地記念公園」(大阪府豊中市)で行われた。その一角に、大正4(1915)年の第1回大会始球式の様子を描いたレリーフがある。右端には、羽織袴(はおりはかま)の礼装で球を投げる朝日新聞社の村山龍平社長。1人おいて左にいるのが、副審判長の平岡寅之助(とらのすけ)。私が使っている1935年製木琴の前の持ち主、名木琴奏者・平岡養一の父親だ。

 寅之助は兄・●(にすいに「煕」、ひろし)の影響で野球と関わるようになった。兄は明治の初めアメリカに渡っており、当地で「岩倉使節団」の木戸孝允(たかよし)の通訳を務めた記録もある。アメリカでは鉄道技師としての経験を積み、帰国後に日本初、個人経営の車両製造工場「平岡製工所」を設立する。アメリカの野球チームでも活躍。日本初の野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」も結成し、活動した。「日本で最初にカーブを投げた男」といわれ、野球殿堂入り第1号を果たす。

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 弟の寅之助、おいの養一も、自然と野球を親しむようになったのだろう。野球好きの養一は母校・慶應義塾大学の応援歌をいくつか作曲している。そんな関係で、私は慶應義塾の同窓会組織、東京三田会によばれたことがある。

 演奏会のアンコールに、神宮球場で行われる六大学野球では必ず肩を組んで歌われる『慶應讃歌』(平岡養一作詞・作曲)を演奏したところ、客席におられた「応援指導部」OBの方が大きな声で応援を始められた。「フレー、フレー、ツウザキ」と、会場一体となって応援してもらったのは、なんとも愉快な経験だった。甲子園の始球式というと、この「大声援」を思い出す。普段野球とはあまり縁がないが、何かとつながっているものだ。(通崎睦美 木琴・マリンバ奏者)

 つうざき・むつみ 昭和42年、京都市生まれ。京都市立芸術大学大学院修了。マリンバとさまざまな楽器、オーケストラとの共演など多様な形態で演奏活動を行う一方、米国でも活躍した木琴奏者、平岡養一との縁をきっかけに木琴の復権にも力を注いでいる。執筆活動も手掛け、『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』で第36回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)と第24回吉田秀和賞をダブル受賞。アンティーク着物コレクターとしても知られる。

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