岩倉具視幽棲旧宅

公武合体のための「和宮降嫁」を進言し、実際にそれを実現させた岩倉具視。その頃までは彼の地位も安泰だったのですが、その後攘夷派が岩倉の排斥に動き、結果的に岩倉は蟄居の身となってしまいます。1862年のことです。で、なんと彼は5年間もここで謹慎生活を送ったのです。しかしこの5年間で彼は策を練りに練り続けました。大久保利通という協力な仲間を味方に付け、王政復古の大号令、鳥羽・伏見の戦いへと突き進んでいくのです。

所在地: 京都府京都市左京区岩倉上蔵町100

投稿者: ryomaky

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